新種の感情に「名前」をつける。マーケターが仕掛ける新たなトレンドづくりの秘技

マーケターやコピーライターの仕事は、激変する社会の中で生まれる新たな感情やインサイト(ホンネ)を察知し、そこに一つずつ名前をつけていくこと。生活者の中に渦巻く新しい感情を拾い上げ、名前をつけて見える化することで、それを基点に新たなプロダクト開発や斬新な切り口のマーケティング設計が可能になる。

新しい潮流やインサイトに名前をつけるもう一つの狙いは、それを社会的に認知させてトレンドとして育てていくこと。新たに生まれたトレンドにのせてマーケティングを行うと、高い注目度の中で先手をとってプロモーションが打てる。同時に個人としても◯◯ブームの仕掛け人を名乗れるので合理的。

最近名づけられた注目すべき感情

その①:がんばった自分への「プチごほうび」

既にすっかり定着した感もあるが「がんばった自分へのごほうび」はご褒美消費のトリガーワード。他人に向けるギフト消費の対象を、自分自身に置き換えることで消費の「頻度」を高位安定化させるアプローチ。近年増加するバリバリ働く女性との親和性が高く、時流に合ったテーゼだった。自分への褒賞を強く肯定することで、贅沢する後ろめたさ(甘味のギルティ感など)を払拭する。

SNSの普及によって様々な他者の「自分へのごほうびシーン」を日常的に目にするようになって定着した上に、コロナ禍の外出制限ストレスでさらにブーストした。スナックミ―の2021年調査では、コロナ禍で42%の「ご自愛消費」が増加し、支出額のボリュームゾーンが1,000-3,000円から1-3万円に増額。主な支出先はスイーツが68%と最多で、以降38%のランチ、29%のディナーとわかりやすく「食べて解消」したいという意向がみてとれる。

出典:調査データなどの元記事はコチラ

その②:インフレ下の節約志向から生まれた「アルモンデ料理」

生活者の中に渦巻く新しい感情・インサイトは、過去データとの差分で明らかになることが多い。料理名ではなく食材名での検索が増えていることから生まれたのが「アルモンデ料理」。つまり「冷蔵庫にあるもので作る」ことだが、ちょっと遊びゴコロを効かせたイタリア風の語感を纏わせることでわびしさを払拭している。

アルモンデ料理は、インフレによる節約志向やSDGs文脈、またライフスタイルメディアが育んだ家事の創意工夫モードなどが合流して生まれた新たな感情の流れといえる。今や子育てママの就業率は75%で、ここ10年ほどで家事観も大きく変わってきている。必ずしも手づくり料理にこだわらず、適度に時短を取り入れてそのぶん家族との時間を確保する。

アルモンデ料理の前は「手間抜き料理」が秀逸だった。「手間を省くことは手抜きとは別物である」という認識を社会に定着させるための言葉であり、時短文脈の中で注目が高まった冷食や裏ワザ調理の活用を積極的に肯定するテーゼ。手間をかけること=愛情たっぷりという旧来型の図式に必ずしも全員がこだわる必要はなく、浮いた時間でじっくり食事を楽しんだり趣味に充てるなどの選択肢もあることを提案し、生活者を解放した。

その③:自分時間文脈から生まれた「リベンジ夜更かし」

商品の利用頻度を上げるには、新たな利用シーンの提案が必要になる。花王めぐリズムは忙しい日中のフラストレーションを夜更かしで解消する「リベンジ夜更かし」をテーマに、ゲームや音楽を楽しんでアタマが冴えたあとめぐリズムでリラックスして「めぐ落ち」する様子をTVCMで描写する。1日を26時間分くらい使っちゃってもめぐリズムでめぐ落ちしたら、そこから心地よい深い睡眠に入ることでダメージを和らげる(気にさせてくれる)

ここには【自分時間 vs 社会という敵】しごおわでは一日が終われない若者たちに刺す企業コミュニケーションでも触れた通り、しごおわのまま倒れ込んで翌日の仕事を迎えたくない現代人、という意識変化がある。「平日は家に帰って寝るだけ」だった以前のモーレツ日本人とは違い、「リベンジ夜更かし」が対象とするのは平日も毎日、自分時間を確保したい現代人のニーズ。

その④:言い切ってほしい気分から生まれた「9割本」

書店にいけば300冊以上出ているという「9割本」。書店によく足を運ぶ人ならいい加減「9割本の著者同士で一旦整理してくれ・・」とうんざりしてきていることだろう。これは「数字を入れるべし」的なテクニック論に加え、現代人が抱える「潔く言い切ってほしい」という気分に下支えされていると考えられる。

実際、調査によると9割の人が「9割本が多い」と感じているという。ここに着目したのが、9割がラガーの中、残りの1割のエールビールであるプレモル香るエール。9割本の表紙をズラリと並べるOOHや、著者に残りの1割を聞く動画など仕掛けもユニーク。切り取り方次第で魅力的な文脈創造はできる、という好例だ。

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