生活者のアタマに「口座」を開く。ブランド資産を積み立てる第一歩となるネーミングについて考える

商品・サービスのネーミングはブランディングの最初の一歩であると同時に、以降の全ての活動の基点となる最も重要な作業。人間の「名前」と同様、一度名付けたらコロコロと変えるようなものではないので、慎重な吟味が必要になる。仮に古畑任三郎が「田中ゆうき」だったら・・とか、ポリンキーが「トライアングル」だったら・・と考えると、背筋が伸びる気になるのは私だけではないだろう。

ビジネスにおいて、ネーミングは商品・サービスの名付けのタイミングだけではない。チームメンバーの熱意を喚起する「プロジェクト名」の策定や、新しい企業の価値観を言語化する時の「コンセプト」を提示する際にもネーミングのスキルが必要になり、メンバーの熱量を動員する鍵の役割を果たす。たとえばコミュニティマーケティングにも力を入れているヤッホーブルーイングは、最も大事にするKGIを顧客のエンゲージメントに置いているが、それを「ゾッコン度」という名称で呼んでいる。これによってKGIは社員全員にとって単なる数値から、熱量を持って追うべき目標(あるいは夢)に変わっているのだ。

というわけで、改めて「ネーミング」ということについて考えてみることにする。大きなテーマなので2回に分けて、今回は「そもそもネーミングとは何か?」を改めて捉えなおしてみる内容に。そして、2回目で実際のネーミング手法について私なりに解釈したものを整理してみたい。ではまずは、マーケティング活動の中におけるネーミングの立ち位置について考えてみる。

ブランディングにおける「ネーミング」とは何か?

ブランド資産とは企業内ではなく、一人ひとりの生活者のアタマの中にある。ネーミングは、それをシンボル化したロゴとセットであらゆるブランド記憶の「核」となる。名前を認知されることは一人ひとりのアタマの中に「口座」を開くことであり、ブランド資産を積み上げてゆく第一歩。個人の記憶の総量が「ブランド資産」である。

初期認知を獲るための広告コミュニケーションの基本的な流れは、キャッチコピー➡︎ビジュアル➡︎ボディコピー➡︎タグライン➡︎商品名(ロゴ)。広告の全ての要素は、最終的に商品名につながる一筋の道になっている。生活者のアタマの中に口座を開く(認知)ために、各パーツが連携プレーを行っている。知らない他人は道で100回すれ違っても気づかないが、少しでも認知していれば次の接触から記憶が積み重なり始める。

マーケティングにおける「認知」とは、存在を知覚して名前を憶えること。その先の理解➡︎好意に至る入り口にあたる。尺度にすると知名度➡︎理解度➡︎好意度で、この3つを束ねたものが「認識(パーセプション)」である。そして優れたネーミングは認知の瞬間、入会特典ポイントのように理解度・好意度も上げる。

ネーミングには2タイプ(オープン型/クローズ型)が存在する

コミュニケーションスピードの観点からネーミングを観ると、大きく①一目でどんな商品サービスかわかるもの(植物物語)②不思議な名前だが、からくりを解いた者には深く記憶されるもの(25ans)の2種にわかれる。多くは前者だが、後者は高級ブランドや雑誌名に多く、間口が狭いが奥行きが深い名前。

特に女性誌名はほぼ初見では読むことすら不可能なものが多い。あれは同じ価値観を共有する女性同士の「符牒」の役割を果たし、男子禁制(特にオジサン)の世界の中で独自の価値観のやりとりと、アデージョや小悪魔、美魔女などの雑誌内言語が飛び交う深みのある沼世界を形成しているのだ。

ネーミングが果たす役割

ブランドのUSPを凝縮する

スカイライン、フェアレディZ、PARCO、ビオレ、リゲイン、十六茶、カルピス、ポリンキー、パックンチョ、ポッキー。良いネーミングはブランドのUSPを凝縮した簡潔なシンボルであり、固有の音の響きを纏う。その結果、受け手にとっては読み書きしやすく、心地よい響きによって親しみが湧き、かつ憶えやすいものになる。その一点を軸にパッケージや販促物、そして広告クリエイティブなどが展開し、ブランドの世界観は形成される。

ネーミング自体がキャッチコピーとなる場合もある

時にネーミングは、それ自体が最強のキャッチコピーになる場合がある。フレッシュライフからの「通勤快足」や、モイスチャーティッシュからの「鼻セレブ」は改名によって売上を10倍にした例。どちらもふんわり説明調からベネフィット凝縮型のレトリックへと転換し、文字面自体がロゴマークっぽいオーラを醸す。

パーセプション更新型のネーミング

ネーミングの枠組み自体を変えることで、世の中のパーセプション更新を図る方法もある。たとえばプロ野球選手の登録名の「イチロー」。平凡すぎて逆に最近あまり目にしない「一郎」という名をカナで記号化。結果イチローはスパークし、既存の野球選手の概念を根本から塗り替えるアイコンとなった。まさに仰木マジック。

マーケ用語もまた、ネーミングセンスが必要なのである。

絶対に流行ってほしくないマーケ用語がまた発生してきた。キッズ×アダルトで「キダルト」=子どものような感性・趣味をもつ大人のことらしい。・・言葉の響きが気持ち悪すぎる。黒板に爪系。あとアニメが好き程度をキッズに分類するのは偏見ではないだろうか。ホテル×バカンスの「ホカンス」に続き、語感でムリ系の新語である。

2021年に懸念していた「ホカンス」は最近聞かないが、旅行業界には定着しているのだろうか。このようなマヌケなワードを軸にマーケを展開するのは危険だと思うが。発祥の韓国では知らないが、日本ではバッファロー吾郎Aの「おー、ポカホンタス」感が強く、本来伝えたいはずのニュアンスが全くこもっていない。そもそも説明が必要な造語は弱い。ホテル+バケーションがパッと伝わらない。その意味ではワーケーションはいいが、グラマラス+キャンピング=グランピングはダメ。日本人には「グラマラス」って何やねん感が強い。

 

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