【自分時間 vs 社会という敵】しごおわでは一日が終われない若者たちに刺す企業コミュニケーション

あらゆるマーケティングにまつわる思考において、その基点となるのは生活者インサイト。SNSが出てきてからは「盛り・映え」や「共感・推し」などが目立ってきたが、最近の新たなトレンドとして「自分時間へのこだわり」が顕著。外向き➡︎内向きへのぶり返しに、Netflixなどのサブスクやリモートワークの普及など環境面も後押しした。

日本はバブル〜オウム・阪神淡路大震災までの1980-1995年は外向き(恋と狂騒の時代)➡︎エヴァ&心理学ブームの1995-2010年は内向き(自分探しの時代)➡︎東日本大震災&SNS・スマホ登場以降の11〜20年は外向き(つながり・共感・映えの時代)➡︎コロナ以降は再び内向き(自分時間の時代)と、約10~15年周期で内向き⇔外向きの心理サイクルを繰り返している。もちろんAISASの時代にもAIDMAも機能するように、それぞれ過去の時代の価値観を包含しながら、その上に新たなトレンドが生まれている。

自分時間を死守したい若者たち

博報堂が30年ぶりに実施した「若者調査」は、昨今の日本人の意識の移り変わりが明確にみえて興味深い。特に大きく変化したのが「男性と母親の関係性」で、この30年で大きく進展した(絶対値でみると女性-母親の方が結びつきは強い)。また、異性の恋人よりも同性の友だちを重視し、また「能力や運」より「お金、自由、時間、安定」などを重視する傾向が読み取れる。まさに40年超しのモーレツからビューティフルへ、ならぬ「モーレツからマッタリへ」という感じで、人々は日増しに充実する「自分時間」を死守したがっている。

昨今話題にあがる「恋愛の退潮」という現象は願望水準の低下などの要因もあるが、何より「恋人が自分時間の敵」になっているという面が大きいようだ。テクノロジー&サービスの発展により無限に充実していく「自分時間」に対し、相対的にパートナーの必要性は低下している。逆に話の合う家族や友達との関係性は深まっている。

画像出典:博報堂生活総研30年ぶりの「若者調査」、逆転する親子の意識差

またこの傾向は職場選びの基準にも反映されている。Z世代の職場選びの基準として昨今語られがちなのが「社会貢献重視・理念共感」が高いといわれる。データをみてもそれは確かに”他世代に比べると”顕著に高い。が、絶対値で見るとそこまで多いわけでもなく、むしろ「職場自体への期待値の低さ」が見える。雰囲気も安定性も評価も割とどうでもいいから、「自分時間の邪魔をしない仕事」を求めているということのようだ。


画像出典:X・Y・Z世代の働き方への意識の差は?Z世代は転職やSDGsも重視

「自分時間死守の闘争」を土台とした広告コミュニケーション

このように、現代においては個人と社会は「自分時間の闘争」を繰り広げている。当然広告も、そのインサイトを争点としたメッセージがあるべき。たとえば求人広告ならフルリモート&ノー残業企業は「1日2時間の自分時間」付きの仕事であることをアピールできる。どんな福利厚生も、これには敵わない。自分時間の充実によって満たされた個人こそ、仕事で創造力を発揮できる。

また、企業が「自分時間」を尊重する姿勢を明確なメッセージとして示すには時間の使い方の裁量を与えるのも手。制度=メッセージだ。たとえば朝2時間前倒し勤務を認めると、社員は16時から「毎日」自分のための時間が持てる。さらにこの時間をどう使ってるか?をコンテンツ化するだけで社員の横顔や職場の雰囲気も俄然魅力的にアピールできる。

昨今TVCMもSaaS系のビジネスツールも、自分時間文脈でのベネフィット訴求が可能だ。効率化により残業カットできるのはもちろんだが、業務(ON)時間の中にも創造性や研究などの自分時間的なものはあるので、その時間を確保するためのツールとして位置づける。AIライティングツールなどは割と大幅に時間をカットできるので、このアプローチは有効だろう。

この「自分時間インサイト」を突いたTVCMが、西野七瀬を起用したほろよいの新CMだ。「夢中がはじまる」をスローガンに、しごおわのままでは一日を終われない多趣味女性の「自分時間」がほろよいの「プシュ」を合図に始まる様子を描く。趣味に浸ることを全肯定することで生活者に寄り添うブランドになることを狙っている。

画像出典:「ほろよい」がブランドメッセージ刷新 西野七瀬がCMキャラクターに

世代ギャップ≒時間感覚ギャップになりつつある

現代の世代間ギャップにおける争点は基本的に「時間感覚の違いによるストレス」だ。観る番組すらテレビ局に主導されていた世代と、24時間を自分が編成できる世界の住人たち。摩擦が起きて当然。テルハラもアルハラも全て、「自分時間」を土足で侵害してくる行為に対して新世代が感じる驚きと嫌悪感である

オンデマンド動画サービスなどの普及で、今の若者は自分の時間を管理したがる傾向が強い。特に女性は効率志向が高く評価を確認してから試聴したり、倍速視聴する割合が男性の倍程度。ここに無闇に広告を差し込むと嫌悪感を抱かれやすい。

タイパタイパというが、上げたパフォーマンスをどこへ持っていきたいのかがないと、それはただの消費。何か楽しめるコンテンツがないと楽しめないというのは、本当の意味での「自分時間」とはいえない。何もなくても考えごとだけで愉しめる感性や世界観を養う、といった目的ありきでタイパを考えるべき。

世界で加速する「個人主義化」のトレンド

こうした風潮は、「個人主義化」というキーワードで世界で加速している。ささやかな個人の存在や尊厳は誰もが認められる社会になるべきだとの意識が高まっており、これに向けた広告アプローチが増えている。カンヌのB2B部門でグランプリを獲得したスペインの「地下鉄広告枠」を訴求する広告は、フォロワー27人の100歳インスタグラマーを起用し、彼女を有名にすることで地下鉄広告の「訴求力」を訴求した。

名もなき一般人を広告によって有名人にして受賞したスペイン地下鉄広告のように、媒体は自ら効果や活用法を発掘し提案すべき。たとえば新聞広告なら街の開発を1段(3×38cm)の横長でイラスト化。月イチで少しずつ発展の様子を描き、15ヶ月目に全てを積み上げた全面広告で積み重ねの力を見せるなど、自ら模範となって枠の活用法と価値を開発すべき。

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