物語の中でも独特の煌めきを纏う「伝説」。長い時間をかけて人々に語り継がれる中で虚実が絶妙に織り混ざり、聴く者の妄想を無限にかき立てる。ナラティブの最もプリミティブな形態であり、最強の力を持つ「伝説」が生まれるには、どのようなプロットが必要なのだろうか。
「秘伝の術」という魅惑的な響き
今回は伝説のプロットのひとつ「秘伝の術」の魅惑について考えていきたい。最も身近な「秘伝の術」は焼き鳥屋や鰻の蒲焼のタレだろう。創業期からつぎ足しつぎ足しで受け継がれてきた秘伝のタレと言われるとその妄想だけでビール3杯は飲めてしまう。本当は1週間もつぎ足せば分子レベルでもほとんど入れ替わってしまうそうだが、そんなことを言おうものならビール4杯目を気持ちよく飲んでいる隣の人に小一時間説教を食らうことになるだろう。
最強の秘伝の術「一子相伝」の摩訶力
秘伝の術プロットの中でも最強なのが「一子相伝」というやつだ。北斗の拳で登場する「北斗神拳」は、親からたった一人の子にのみ伝承される秘技だ。身体の小さな者でも、その秘儀を使えば自分の倍ほどもある巨体を次々に倒せる。そして、漫画の中の物語だったはずのこの「一子相伝」が、ある時現実世界に出現し、格闘技界を騒然とさせたことがある。
その武術のもとになったのは、なんと日本の古武術だ。それは「柔術」という絞め技中心の実践的な格闘技で、日本の前田光世という柔術家が今からおよそ100年前、海外を渡り歩きながら伝えたものが、ブラジルのとある一族の中で独自の進化を遂げた。そして1993年、目潰し噛みつき金的の禁止以外はノールールの異種格闘技戦、いわば世界初のリアル天下一武道会ともいえる第一回UFCで突如その一子相伝の技は姿を表した。
一族の秘術を継承した細身の達人は姿を表し、あっという間に巨漢をねじ伏せて優勝してしまった。この時、この世界に新たなる伝説が生まれた。北斗神拳や柔術など、ナラティブを生む土壌が元々豊かに備わっていたこともあり、その後格闘技のメインストリームはその秘術の源流である日本に移り、今日に続く格闘技ブームの礎を築いたのだ。