天皇からスターへ。後楽園球場で継承された日本のカリスマ

終戦から14年後の1959年6月25日、後楽園球場で初のプロ野球天覧試合が開催された。3-3の同点で迎えた9回ウラ、阪神のマウンドにはこの年沢村賞を受賞した新人の村山実。試合を決めたのは、カウント2-2からの長嶋茂雄の一振りだった。翌日の新聞に掲載された、サヨナラホームランを放った瞬間の長嶋茂雄と天覧席で観戦する天皇陛下の合成写真は、日本という国家の歴史的瞬間を収めた一枚となる。

長嶋茂雄

出典:スポーツ報知

この瞬間、日本のカリスマは天皇からスターへ継承された。

このシーンは、単に長嶋茂雄という一人の若者が天覧試合でサヨナラホームランを放った場面ではない。神代から脈々と天皇家に受け継がれてきたカリスマが、初めて民間のスターへ継承された瞬間である。人気の点では六大学野球に負けていたプロ野球が、不動の人気を確立したのもこの時である。

相撲や柔道といった国技や、93年にJリーグが発足してから一大ブームになったサッカーの台頭にも揺るがず、野球が日本の中で絶対的な存在である理由もここにある。長嶋茂雄という一人のカリスマの求心力により、日本の才能という才能が野球に吸引されていった結果、メジャーリーグの首位打者や奪三振王、そしてついにはホームラン王まで輩出せんとする大きな流れを生んだ。

スターの条件を定義した男

天皇からカリスマを継承された長嶋茂雄は、そのプレーを通じて後世にスターの条件を打ち立てた。天覧試合を含むここ一番で必ず打つ勝負強さは、現役引退後もドラフトで松井秀喜を引き当てたり、なぜか名球会のじゃんけん大会にまでいかんなく発揮された。一言でいえば、科学では説明できない何かを「持っている」ことがスターの条件である、ということをあらゆる場面で体現し続けた男なのだ。

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