自己表現としての「推し活」。衝動と偏愛の時代における新たな個人の識別票

大きな消費文脈にもなっている「推し活」だが、これは自己表現にもなっている。日々の衝動のほとばしりの先に幾つかの「偏愛」が実り、いびつな果実はみるみる成長する。「私は◯◯だ」による差別化は困難だが、「◯◯大好きな私」なら一発で伝わる。偏愛は情熱の捌け口であり、他者との識別票でもある。

かつては身に纏う「ブランド」など外見のファッションが他者との識別票になっていた。しかしブランドの多様化とモノへの無関心化により身に纏ったブランドが「気づかれない」上に、コロナ禍でそもそも「着て行く先がない」空白期間が足掛け3年も続いたことで状況は一変。SNSでも表明しやすい内面的な傾倒こそが他者との識別票になっている。

いまや推し活は部活以上にメジャーな「共感のプラットフォーム」といえる。SHIBUYA109 lab.の調査によると、Z世代の推し活実施率は69.3%(女性79.4%)であり、推し活実践者の約4割が「頭の6割以上が推しに占拠されている」と回答。女性の18.7%は「常に推しのことを考えている」という。

「推し」は自分の価値観の断片を表現するシンボルである

MBTIやPCMなどの性格・パーソナリティタイプ診断が人気なのは、それによる深い自己理解が目的というよりも「これって私」の記号化による自己表明が気軽にできること。そして前提知識を共有した他者からの共感もとりやすく、コミュニケーションのネタとしても盛り上がりやすいことがある。

パーソナリティタイプ診断同様に「推し」も自らの価値観の断片をカジュアルに表現できる記号である。一定のクラスターを形成するメジャーな推し対象であれば、そこそこ正直な自分のホンネや趣味嗜好を埋め込みながら、しかもイタくならずに高い共感性を持って自分の価値観の一端を表明できる。

「推し」は内面の言語化をサボらせてくれる

SNSで誰でも発信者になれるようになって、改めて「言語化力」が注目されており、書店に行っても様々なアングルの本が並ぶ。日常生活で「言語化」の必要性が高まるにつれ、そもそもの「言語化とは?」の言語化の解像度の粗さが問題となり、それぞれに「説」を唱えているというのが現状だ。

言葉は誰でも話せるし、文字は誰でも書ける。ロジカルに整理するのはAIが秒でやってくれる。だから今「言語化力」という言葉が問うている領域はその先である。狙った通りの「解釈・理解」を受け取ってもらうためのメッセージングスキルが必要で、これは多くの人がからっきしできない。

言葉を用いて「自己を適切に言語化する」ことは二重の意味で難しい。そもそもほとんどの人は自己の内面を理解できていないし、仮にできたとしてそれを適切に「言語化」できない。この意味において「偏愛=個性の一端」の現代は「推し」こそが自己をシンボリックに表現する最強の手段である。

アレンジしやすい「符牒」としての効果

自分の偏愛・没頭をシンボリックにつめこめる「推し」は、それを理解する人に符牒のような役割を果たし、スピーディな意味伝達&共感調達ができる。と同時に、その対象を自分はどのように愛するか?という信仰スタイルも無限なので、それを軸に自己イメージの深掘りができる。

同じアイドルグループの推しでも「箱推し」か「単推し」かで信仰のスタイルは大きく違うし、単推しなら「◯◯担」と担当者としての自覚と責任(?)を背負って生きることになる。だからこそ宗旨替えを意味する「担降り」は人生の重大な意思決定としてブログ文学化している。

事例:サンリオ「マイキャラ診断」

日本国民の半数(6300万票)にあたる規模が集まるサンリオキャラクター大賞の盛り上がりでキティちゃん以外のキャラ認知もすっかり浸透。その認知を活かした「マイキャラ診断」は50種類のキャラを通して「私はポムポムプリンタイプ」などと角を立てずチャーミングに長所短所の表明ができる。

マイキャラ診断はSNS上でシェアするとアプリ内でコインが付与されるインセンティブ設計で広く拡散し80万人が利用。単なるIPではなくファンの自己紹介インフラへと再定義することで、サンリオのキャラを新たなコミュニケーションツールとして置き直した。

 

 

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